大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)779号 判決

大阪市住吉区万代東五丁目三四番地

原告

松田吉男

右訴訟代理人弁護士

大槻龍馬

谷村和治

大阪市住吉区上住吉町一八一番地の一

被告

住吉税務署長

向井宣治

右指定代理人

二井矢敏朗

山口一郎

中西時雄

河野文雄

吉田秀夫

主文

被告が原告に対し昭和四二年二月二七日付でした、原告の昭和三六年分所得税の税額を金一三、二八九、一二〇円とする再更正処分のうち金二、一八八、八九〇円を超える部分、および過少申告加算税金五五五、〇〇〇円の賦課決定処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三六年分所得税につき、当時の所轄庁である堺税務署長から、所得税額を金二、一八八、八九〇円とする更正処分を受け、これを納付していたところ、昭和四二年二月二七日被告は原告に対し、昭和三六年分につきさらに金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の雑所得を認定して、所得税額を金一三、二八九、一二〇円とする再更正処分をするとともに、過少申告加算税として金五五五、〇〇〇円を賦課する決定をし、そのころ原告に通知した。原告は、昭和四二年三月二四日被告に対し異議申立をしたが、三カ月以内に決定がなかつたため、大阪国税局長に審査請求をしたものとみなされ、同局長は昭和四三年六月一一日これを棄却する裁決をした。

2  しかし、右再更正は、現実に存しない金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の雑所得を認定した違法があり、したがつてまた過少申告加算税の賦課も違法であるから、その部分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1は認め、2は争う。

三  抗弁(処分の適法性の主張)

1  野本治平は原告に対し、東京都大田区羽田江戸見町一六〇九番の一雑種地一九町三反七畝五歩を担保として金一億円の借入の申込みをなし、貸借の成立に先立ち昭和三五年一一月一〇日、右土地につき売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記をしていたが、結局この貸借は不成立に終つた。

2  原告は、右貸借が成立しなかつたのは野本の責任であるとして、同人に対し得べかりし利益の賠償を請求し、昭和三六年九月一九日原告の代理人松田正男と野本の代理人牧野喜一郎との間において、野本が原告に対し同月三〇日までに金二〇、〇〇〇、〇〇〇円を支払い、これと同時に原告は前記仮登記の抹消登記手続をする旨の契約が成立し、この契約にもとづき、同年一〇月二六日東京都大田区大森北四丁目一三番一九号小原勝次司法書士事務所で、野本の代理人が原告の代理人に金二〇、〇〇〇、〇〇〇円を交付した。

右の経過により、原告の取得した金二〇、〇〇〇、〇〇〇円は原告の雑所得と認められるものであり、被告の本件処分は適法である。

四  抗弁に対する原告の認否

1は認め、2は否認する。昭和三六年九月一九日当時、原告は日本国外に滞在中であり、松田正男に被告主張の如き契約締結の代理権を与えてはいない。

五  再抗弁(雑損控除の主張)

かりに被告主張のような契約が有効に成立し野本が金二〇、〇〇〇、〇〇〇円を支払つたとしても、原告は現実にはこれを受領せず、仲介に入つた安田誠こと安珉がその全額を拐帯横領したものであつて、原告は同額の損失を受けたことになるから、原告の課税所得金額の計算上、右損失のうち総所得金額の一〇分の一をこえる金一七、三四七、〇〇〇円を雑損控除すべきであり、原告の課税総所得金額は金八、六五五、七〇〇円、所得税額は金三、四七五、八五〇円となるべきである。

六  再抗弁に対する被告の認否

否認する。

第三証拠

一  原告の証拠の提出、援用、認否

1  甲第一ないし第八号証

2  証人川島長浩、木島弘嗣こと朴弘、松田正男の各証言、原告本人尋問の結果

3  乙第一、第八号証、第九号証の一、二、三の成立、第一〇号証、第一一号証の一、二の原本の存在とその成立を認める。乙第二号証は、郵便官署作成部分の成立を認め、原告作成部分の成立は否認(原告名下の印影が原告の印章により顕出されたされたものであることは認める)。乙第三号証は、郵便官署作成部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知。乙第四号証、第七号証の一、二の成立は不知。乙第五、第六号証は、それぞれ牧野喜一郎、小原勝次の署名押印部分のみ不知。その余の部分の成立は認める。

二  被告の証拠の提出、援用、認否

1  乙第一ないし第六号証、第七号証の一、二、第八号証、第九号証の一、二、三、第一〇号証、第一一号証の一、二

2  証人牧野喜一郎、小原勝次、堤清の各証言

3  甲号各証の成立を認める。

理由

一  請求原因1の事実(被告の課税処分と不服審査)は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件の争点である金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の雑所得の存否について判断する。

野本治平が原告に対し、東京都大田区羽田江戸見町一六〇九番の一雑種地一九町三反七畝五歩を担保に金一億円の借入の申込をなし、貸借成立前に右土地につき、売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記をしていたが、右貸借は結局不成立に終つたことは、当事者間に争いがない。

被告は、原告の代理人松田正男と野本の代理人牧野喜一郎との間で、右仮登記の抹消と引換に金二〇、〇〇〇、〇〇〇円を授受する旨の契約が成立したと主張し、この趣旨に副う証拠として乙第四号証(覚書)が存在するが、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証、証人川島長浩、松田正男、牧野喜一郎、堤清の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、右覚書が作成されるに至つた経緯はつぎのとおりであつたと認められる。すなわち、野本は川島長浩を介して原告との間で金一億円の貸借の交渉を進め、原告も一たんはこれに応ずる意向を示しその準備をしていたが、担保となる土地がその所有権の帰属をめぐつて裁判上係争中のものであることが判明したため、原告は融資をことわつた。しかし、そのときすでに右土地につき前述のように原告名義に仮登記までしていた関係上、その後始末をつける必要があり、野本側の依頼を受けて川島長浩、牧野喜一郎、堤清ほか数名の者が、昭和三六年九月一九日原告の本拠とする大阪市東区博労町の松田総本店を訪れたところ、原告は当時韓国に旅行中であつたため、川島、牧野らは、原告の弟で原告とともにタクシー会社を経営する松田正男と折衝を行なつた結果、松田正男が、原告と別段連絡をとることもしないまま原告の名において、野本を代理する牧野との間で、野本は原告に対し昭和三六年九月三〇日までに金二〇、〇〇〇、〇〇〇円を支払い、同日原告は右土地についての前記仮登記の抹消登記手続をすることを合意し、その旨の覚書を作成したものである。

右に認定した事実関係のもとにおいては、松田正男のした契約の有効性は、原告が事前に松田正男に対し個別的もしくは包括的にそのような事項の処理を委任し代理権を与えていたかどうかによることになるが、かかる授権の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。いかに原告の長期不在中とはいえ、これが原告と松田正男の兄弟の事業に直接関係を有する事項についてであれば格別、事柄の性質上そのような関連性があるとは考えられない本件においては、当然に黙示にこの種の授権があるものと推認することもできない。なお、乙第二号証は、原告名義の野本あて昭和三五年一二月一三日付の内容証明郵便で、金一億円の貸借が不成立に終つた責任を追及し、得べかりし利益金一億円の支払を請求する内容のものであつて、原告名下の印影が原告の印章により顕出されたものであることには争いがないけれども、成立に争いのない甲第二号証および原告本人尋問の結果によれば、原告は右内容証明郵便の作成および差出の日付である昭和三五年一月一三日当時もやはり韓国に旅行中であつたことが明らかであり、これが原告の意思にもとづき作成された真正な文章だとは断じがたいから、この郵便の存在をもつて、前記覚書の内容が原告の意に副うものと認めるわけにはいかない。

また、仮登記の抹消登記申請に用いられた原告の登録済証明書(原本の存在とその成立に争いのない乙第九号証の一)の発行日付が昭和三六年九月二一日であることは、前記覚書による合意の成立と関連しているようであり、右合意が原告の意思にもとづくもののように推測させる一つの資料ではあるけれども、これとても決め手になるほどのものではない。結局金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の支払に関する契約は、松田正男の無権代理行為で無効といわざるをえない。

三  しかし契約自体は無効であつても、実際に金銭が授受され原告がこれを取得したと認めうるならば、原告の所得となることはいうまでもないところ、被告は、野本の代理人から原告の代理人に金二〇、〇〇〇、〇〇〇円が交付されたと主張するので、この点について判断する。

証人川島長浩、牧野喜一郎、木島弘嗣こと朴弘、小原勝次の各証言によれば、前記覚書が作られて一カ月余を経た昭和三六年一〇月二六日、東京都大田区大森北四丁目一三番一九号の小原勝次司法書士事務所に、川島長浩、牧野喜一郎、木島弘嗣こと朴弘、安田誠こと安珉ほか数名が参集し(小原証人は、松田と名乗る男も来たというが、他の証人の証言と対比すると、記憶ちがいと認められる)、仮登記抹消の手続が行なわれ、その際川島と安において用意した金四〇、〇〇〇、〇〇〇円(現金二〇、〇〇〇、〇〇〇円と小切手二〇、〇〇〇、〇〇〇円)が朴を通じて牧野に交付されたのち、金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の小切手は再び安の手に戻り、同人がこれを持ち帰つたことが認められる。しかし、安が原告から委任され原告の代理人として右小切手を受領したものと認めるに足りる確証はない。なるほど原告本人尋問の結果によると、原告と安とは同国人である関係上以前からの知り合いで、本件の発端となつた土地の件も安が原告に持ち込んだものであり、原告は右仮登記の抹消にあたつても、安の要求により、これに必要な自己の印鑑証明書、委任状等を同人に任意交付していることが認められ、また原本の存在とその成立に争いのない乙第一〇号証、第一一号証の一、二によれば、その後数年を経た昭和四一年五月当時にも、原告の弟松田正男が社長で原告が会長を勤める鳩タクシー株式会社と安とが土地売買の取引を行なうほどの関係が続いていたことが認められることにかんがみると、原告と安との関係は余人に比しかなり密接であり、前記金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の小切手も、安が原告の意をうけてこれを受取り終局的には原告の手に帰しているのではないかとの疑念を抱かせるものがあるけれども、右のような事実だけからはそのように断定することはむずかしい。

四  そうすると、原告に金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の雑所得があつたということはできず、被告がこれあることを認めて行なつた再更正処分は、その余の点について判断するまでもなく第一次の更正額をこえる限度で違法であり、したがつて過少申告加算税の賦課も違法であつて、その部分の取消しを求める原告の請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官 辰巳和男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例